2017年5月9日火曜日

【高論卓説】「アクティブ運用」の勧め


フジサンケイ・ビジネスアイ
【高論卓説】「アクティブ運用」の勧め 割安・割高株売買、現実の市場に適応

 もはや旧聞に属するかもしれないが、4月7日に行われた日本証券アナリスト協会での森信親・金融庁長官の基調講演「日本の資産運用業界への期待」は、業界として顧客本位の業務運営に立ち返ろうという注目されるべき講演だった。全体の趣旨は公開された本文を読んでいただくとして、ここではこの中で言及されたファンドマネジャーが、株式の銘柄を選択して売買タイミングを判断する「アクティブ運用」と、銘柄もタイミングも判断せずに株価指数そのままを買って持ち続ける「インデックス運用」の是非について触れたい。

 存続10年以上の比較的優良なアクティブ運用型株式投資信託281本の過去10年間の平均収益は年率1.4%。ただし、そのうち3分の1はマイナスだった。一方で、その間に日経平均は年率3%で成長していたので、過去10年に関してはアクティブ運用よりもインデックス運用に投資した方が有利であったことになる。

 アクティブ運用にはファンドマネジャーの人件費だけでなく、経済情勢や銘柄分析を担うエコノミストやアナリストが必要だし、ファンドの特徴を知ってもらうために営業部隊も雇う必要がある、また運用上、売買を繰り返すので手数料などのコストも余分にかかる。基本的にアクティブ運用はインデックス運用に対して高コストの構造を持っている。

 「プロの運用者でも株価指数に勝てない」。これは別に現代の日本だけでなく、米国でもファンドができた昔から問題となっていた現象である。そして1960年代に、現在の株価は市場参加者による活発な売買によって既に全ての情報が織り込まれた効率的な株価であって、割安な株も割高な株も存在しないという「効率的市場仮説」として理論化され現在に至っている。インデックス運用がベストであるというのは一つの常識でもある。

それでは投資家はこのアカデミックな仮説に従って、黙ってインデックス運用を選べばよいのだろうか。余分なリスクを避けるという意味では正しいだろう。しかし、年度によっては負けることもあるが、長期で見ればインデックス運用に勝ち続けているアクティブ運用のファンドが存在することも確かである。米著名投資家のウォーレン・バフェット氏のファンドなどは有名だが、日本にもいくつかそうしたファンドが存在する。

 この理由は、効率的市場仮説の前提の「全ての情報が織り込まれた効率的な株価」という点にある。現実の市場では全ての株が活発に公正に売買されているわけではない。ファンドマネジャーたちの多くがサラリーマンで、リスクを取りたがらない市場構造の場合、同じような株ばかりが売買されて、埋もれた有望株が隠されている可能性は高くなる。

 また誰かが株を意図的に買い増すとか、ボロ株で経済的に所有することが合理的ではないにもかかわらず特定の第三者が救済で保有し続けるような市場の場合、株式市場全体が本来の効率的な価値で取引されているとはいえない。

 そうしたわが国のような市場ではインデックス運用が運用する株価指数は効率的な市場を反映せず、割安株や割高株が存在する可能性は高くなる。つまりアクティブ運用の活躍する余地は多いと考えられる。

 過去の成績が良いから将来も良いとは限らないが、過去の成績が悪いものはもっと悪い。アクティブ運用の投信を選択する場合、セールスが語る物語だけではなく、これまでの実績を厳しくチェックすることが一番大事だ。顧客サイドが厳しい目で資産運用会社をチェックすることも、資産運用業の顧客本位の業務運営には欠かせない。  
板谷敏彦

2017年3月21日火曜日

【高論卓説】バブルの熱狂にも似た排外主義 


フジサンケイ ビジネスアイ
【高論卓説】バブルの熱狂にも似た排外主義 
               ー火消しは冷静な個人の意思表示 2017/03/21


 先週の木曜日。今後の欧州主要国の国政選挙の試金石として注目されたオランダの総選挙があった。極右勢力である自由党が最大会派になるとの予想もあったが、今回はそうはならなかった。しかし、英国の欧州連合(EU)離脱からトランプ米大統領登場へと続く一連の反エリート、排外主義の一種の熱狂が停止したわけではない。

 経済成長の中で見失われた格差問題もその不満の発露の仕方はロジカルに突き詰めると知性の後退でもある。民主主義国家だからこそ発生するこの現象は株式市場のバブルの熱狂にも似ている。哲学者ニーチェは言った「個人が狂うことはあまりないが集団はだいたい狂っている」。

 民主主義先進国である欧州でも一般大衆が政治に参画できるようになったのはそれほど昔のことではない。19世紀、フランス革命を経て兵隊がプロフェッショナルから一般市民の徴兵制に移行すると、軍の質を維持するために国民の識字率が重要になった。

 各国は義務教育に力を入れ国民は文字が読めるようになる。同時に輪転機やロール紙が発明され、新聞は大量印刷が可能になった。さらに鉄道が新聞の即日配達を可能にし、高価なろうそくが石油ランプや電球に変わると、労働者でも夜に文字を読めるようになった。

 新聞や印刷物によって情報が共有されると、同じアイデンティティーを持つ国民が形成されて近代的な国民国家が誕生する。ここでの国民とは英語でいうネーションのことで民族や人種だけに限らず、宗教や生活習慣の共通性も重要な要素である。

 国民は新聞を通じて政治や外交などの情報を取得し、兵役や納税など国家に対する義務を果たすと、同時に国家に対する権利も要求するようになった。これが19世紀後半から起こった普通選挙運動である。エリート以外の人間も選挙を通じて政治に参画できるようなった。

新聞は売らんがために大衆に迎合することもあった。ポーツマス会議の結果に不満な民衆は日比谷焼打事件を引き起こしたが、これは新聞がこぞって大衆をあおり好戦的な世論を形成したからだ。これは日本だけではなく第一次世界大戦が始まったとき、各国の新聞と大衆はともに熱狂し歓喜したのである。もっともすぐに後悔したけれど。

 新聞やテレビに代わり、インターネットが世界を覆う現代、欧米の主要メディアは英国のEU離脱や大統領選挙の予想を外した。トランプ大統領は就任後もメディアによる情報のフィルターを迂回(うかい)して、ツイッターを使用して直接支持層に情報を流し続けている。

 これには嘘やデマも混じり、ポスト真実(真実に変わるもの)なる言葉も登場した。インターネットの発達によって大衆は自らが好む情報だけを選別して取得するようになった。こうした状況下では同じ事件の説明でも、取得している情報が隣人と全く異なる場合が出てくる。言い換えれば国家の中に、異なるものを見て物の考え方が極端に違う構成員の「集団」が登場してくる。ネーションは分断されやすい状況にあるといえるだろう。

ではこの現象はいつか終わるのだろうか、私は、救いはきっと「個人」一人一人が意思表示できる民主主義の中にあると思う。実は冒頭の相場格言として借用されるニーチェの言葉は熱しやすく冷めやすい大衆への皮肉である。19世紀に「狂気とバブル」を著して、バブルという現象を世に知らしめたチャールズ・マッケイはこう言っている。「人は集団で熱狂し、一人ずつさめていく」と。

適切な分配政策によって格差問題に対処し、この現象を一時の熱狂としたいところだ。

板谷敏彦

2017年3月17日金曜日

早稲田大学オープンカレッジ『金融の世界史』


早稲田大学オープンカレッジで『金融の世界史』の講座を募集中です。
4月13日から全10回 毎週木曜日午後3時から4時半 
受講料:¥33,534.

https://www.wuext.waseda.jp/course/detail/38510/

講義概要

拙著『金融の世界史』(新潮選書)をテキストに、歴史を通じて段階を追いながら基礎的な金融リテラシ―を習得します。本に比較して近現代を充実させる予定です。

(1)金利や貨幣の始まり:金利や貨幣(コイン)、商取引について。
(2)大航海時代:暗黒の中世、地中海全盛期から大航海時代まで。
(3)世界3大バブルと金融拠点の遷移:チューリップ、ミシシッピ、南海バブルについて。
(4)株式市場の始まり:オランダ東インド会社から市場形成まで。
(5)戦争と恐慌と:証券市場は戦争とともに発達してきた、ナポレオン戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦。
(6)戦前日本の金融市場:堂島米会所由来の特徴ある本邦株式市場、国債や外債取引等。
(7)戦後の日本経済 ― 場外市場からバブルまで:日本の経済成長と株式市場について考える。
(8)リーマンショックとその後:ブラックマンデーやリーマンショックの崩壊の構造を知る。
(9)投資理論の歴史:複利の効果と各種詐欺、チャート分析。
(10)投資の世界について:最近の金融商品、アセット・アロケーションとインデックス・ファンドの是非(初心者にもわかりやすく)。

宜しく。

2017年1月25日水曜日

【高論卓説】「米国分断」は解消されるのか


フジサンケイ・ビジネスアイ 【高論卓説】「米国分断」は解消されるのか

労働経済学者のエンリコ・モレッティ氏が2012年に書いた「年収は『住むところ』で決まる」(プレジデント社)は、当時アメリカでベストセラーになった。この本では「イノベーション都市」の高卒者は「旧来型製造業都市」の大卒者よりも賃金が高いことが統計から示されている。

 金持ちが住むエリアでは、質の高い生活関連サービスを提供する人たちが必要になる。例えば弁護士や歯医者に限らず、高級住宅街の美容師やネイル・アーティストなどの料金をイメージすれば分かりやすい。つまり本人の学歴よりも、むしろ周囲に住む人たちの学歴が賃金水準を決定していることが明らかにされている。

 こうしたイノベーション都市はグローバル化している。高学歴者は全米のみならず世界中から集まり、お互いを刺激し合い、教育水準はますます高くなり、その結果、影響はお金がかかる健康格差にも波及し、男性の地域別平均寿命にすら明確な分断がみられるようになった。「旧来型製造業都市」では、同じアメリカ国民でありながら寿命まで短いのだ。そして地域格差はますます拡大しつつある。

ここでのイノベーション都市とは先の米大統領選でヒラリー氏に投票した州にあり、「旧来型製造業都市」とはおおむねトランプ氏に投票した州にある。この本に引用された各種階層別の地図は、先の選挙結果を示す地図と見事に重なっている。アメリカでは4年も前から、(多分もっと前から)国民の分断が認識されていたのである。

 イノベーション都市に本拠を置くメディアの報道では、トランプ大統領の過激な発言がアメリカ国民の分断を招いているように報道されているケースが目立つ。しかし実は因果関係は逆で、分断があったからトランプ大統領が誕生したのである。これは反実仮想で、もし僅差でヒラリー氏が当選して、「旧来型製造業都市」の住人たちの「不公平感」の訴えが封殺されたと考えればどうだろうか。民主主義は機能したといえるのだろうか。分断され、不公平感を抱く「もう片方」の国民の声がようやく反映されたと見るのが妥当だろう。

 一方で、選挙時のトランプ氏の差別的で過激な発言や、他国に対する感情的で保護主義的な主張が、現状に不満を持つ「もう片方」の米国民たちに一時的なカタルシス(浄化)を与えたにせよ、イノベーション都市の不動産業で財を成したトランプ氏が、こうした分断の本質を理解し、解消する手腕を持つ大統領なのかどうかは全く別の問題である。

トランプ大統領が今のところ主張する保護主義や移民の流入制限などは、これまでの米国の成長を牽引(けんいん)してきた「イノベーション」を阻害し、富める者を抑制することで分断を生んだ格差を縮小させるのかもしれない。しかし、その結果、果たして米国民は幸せになれるのだろうか。

 実は先進国の中でもイノベーションが起こりにくく、成長しない代わりに格差も少ない国の事例があるが、結構のんきにやっている。残念ながら国名は秘密である。

板谷敏彦

2017年1月13日金曜日

JAZZ禁止


朝、NHKラジオを聞いていたら、昭和18年の本日1月13日はジャズなど米英楽曲約1000種の生演奏やレコードを聴くことが禁止された日なのだそうです。

因みにアメリカ映画の上映禁止は開戦直後の昭和16年12月27日。ハンフリー・ボガードの『カサブランカ』は昭和17年だから、日本では戦後になるまで見れなかったわけです。もっとも、見れたとしてもナチス批判の敵性映画指定だったでしょうけれど。

救いは1999年の本日、ピアニストの秋吉敏子さんが日本人として初めてジャズの殿堂(International Jazz Hall of Fame)入りを果たしたこと。そこで、今日はジャズの日といいたいところだけど、「ジャズの日」は既に存在しており1月22日がそうなのだそうです。


当時のJAZZ禁止の通達は内閣情報局週報第328号。

「末梢感覚万能の国民性」とか、「卑俗低調で、頽廃的、煽情的、喧噪的なものであつて、文化的にも少しの価値もない」とか面白いので以下に抜粋引用、

>今だに軽佻浮薄、物質至上、末梢感覚万能の国民性を露出した米英音楽レコードを演奏するものが跡を絶たない有様でありますので、今回さらにこの趣旨の徹底を期すため、演奏を不適当と認める米英音楽作品蓄音機レコード一覧表を作つて、全国の関係者に配布し、米英音楽を国内から一掃し、国民の士気の昂揚と、健全娯楽の発展を促進することになりました。
 
 純音楽に米英作品は寥々 米英音楽の一掃といつても、純音楽の部門では、これまでわが楽壇で毎年演奏される曲目の大部分は、独伊両国の作曲家の作品であつて、最近ではフランスその他の国々のものが次第に演奏されるやうになつて来たものの、米英系の作品が紹介、演奏されることは、殆ど皆無といつてもよいくらゐでした。

 ジャズ音楽の追放

 米英系音楽としてわが国に輸入され、また最も多く一般に馴染まれたものは、何と言つてもいはゆるジャズ音楽と民謡調の歌曲とであります。
 しかし、米国系音楽の代表とみられるジャズや、これに類する軽音楽の大部分は、卑俗低調で、頽廃的、煽情的、喧噪的なものであつて、文化的にも少しの価値もないものでありますから、この機会にこれを一掃することは極めて適切であり、また絶対に必要なことであります。
 ジャズと、これに類する軽音楽が、こゝ十数年間に驚くべき勢ひで各方面に多大の悪影響を与へたことは、これまでもたびたび論ぜられてきたのでありますが、これらが聴けなくなつても、大衆音楽がなくなる心配はありません。むしろ浄化されるものと見るべきであります。

 

演奏不適当な主な曲

 一世を風靡した「ヴァレンシア」、「ダイナ」、「アラビヤの唄」、「私の青空」(注:マイ・ブルー・ヘブンとルビ)を始め、一切の米英ジャズが、演奏不適当と認められたわけですが、以上の外「米英音楽作品蓄音機レコード一覧表」に記載されてゐる主な曲を挙げますと、次ぎのやうなものがあります。
 「堂々たる陣容」「海辺のサセックス」「支那の寺院にて」
「ミネトンカの湖畔」、「ロンドン・デリ-」、「聴け雲雀を(ビショップ)」、「ミズリー河」、「カミン・スルー・ザ・ライ」、「ヤンキー・ドゥードル」、「ディキシーランド」、「スザンナ」、「アンニー・ローリー」、「ティペラリーの歌」、「アメリカの巡邏兵(アメリカン・パトロール)」、「懐かしのケンタッキー」、「オールド・ブラック・ジョー」、「擲弾兵行進曲」、「ラヴ・イン・アイドルネス」、「野ばらに寄す(マクドウェル)」、「スワニー河」「ラプソディ・イン・ブルー」
「夜明けの三時」、「コロラドの月」、「林檎の木陰」、「ベーガン・ラヴ・ソング」、「峠の我が家」、「ラモーナ」、「チキーダ」
「キャラバン」、「支那街」、「片思ひ」、「ロッキーの春」、「シャイン」、「メランコリー・ベビー」、「ドンキー・セレナード」、「ティティナ」、「リオリタ」、「バガボンドの唄」、「ローズ・マリー」、「ラヴ・パレード」、「乾杯の唄(スタイン・ソング)」、「ローロー」、「上海リル」、「タイガー・ラッグ」、「トップ・ハット」、「ピッコリーノ」、「ダーダネラ」、「サンフランシスコ」、「オールマン・リバー」、「スヰート・ス-」、「ブルー・ムーン」、「アレキサンダー・ラグ・タイム・バンド」、「山の人気者」、「ショー・ボート」、「コンスタンチノープル」、「月光値千金」、「スヰート・ジェニイ・リイ」「私のエンゼル」、「カロライナの月」、「ルイス」、「フー」、「ゲイカバレロ」、「マリー」
「赤い翼」、「ダンシング・イン・ザ・バーン」、「口笛を吹く牧童」、「口笛吹きと犬」
「谷間の灯ともし頃」、「ココナツ・アイランド」、「思ひ出」、「ジャニイ」、「ハッチャッチャ」、「ビール・ストリート・ブルース」、「ライムハウス・ブルース」、「シュガー・ブルース」、「セントルイス・ブルース」、「ワイキキ・ブルース」、「ワバッシュ・ブルース」、「ワンワン・ブルース」
「シボニイ」、「キャリオカ」、「クカラチヤ」、「ルンバ・タンバ」、「南京豆売」
「ハワイの唄」、「ブルー・ハワイ」、「ハワイの恋」、「ハノハノハワイ」、「リリウエ」、「アレコキ」、「レイ・フラ」、「ヒロ・マーチ」、「アロハ・オエ」、「アロマ」、「ハワイホテル」、「島の歌」、「マニヒメリ」、「アロハを唄ふな」、「ホノルルの月」

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2017年1月11日水曜日

映画『この世界の片隅に』



よくある戦争映画のように、勇ましいゼロ戦パイロットや海軍の英雄、あるいは正反対に飢えに苦しむ陸軍兵ではなく、主人公は日常をつましく生きる一人の若い女性である。広島からひと山越えた、呉市の知らないお家(うち)に嫁いできただけの、本来であればごくごく普通の人生を歩んであろう女性である。しかし、山の中腹にある嫁ぎ先の家の近くからは呉の海軍基地が一望できた。そこには戦艦大和があり、重巡洋艦青葉があった。これが彼女を待つ現実の予兆である。

一庶民が経験した戦争の非日常は、ドキュメンタリーだけでなく、これまで多くの文学や映画作品、テレビドラマなどが伝えようと努力してきたし、僕は、これまでそうした作品を数多く見てきたはずだった。しかしこれほど胸にしみいる作品が、アニメであったことに少なからぬ衝撃を受けた。アニメでなければできないことがある。

大型爆撃機B29による爆撃の激しさ、一瞬の殺戮、音響の効果には思わず背筋を伸ばしてしまう。裏山から港へ侵入するグラマンF6FやF4Uコルセアなどの米軍艦載機、日本製の2000馬力エンジンの音も登場するが、これは紫電改に搭載された誉21型エンジンのことだろう。戦艦大和や重巡洋艦青葉の描写も精密で、繰り返される呉への空襲が実際のデータに裏付けられた現実であることを、マニアックな観衆にも担保する。単純なアニメ画の作品にリアリズムが宿り、前半ですでに主人公に感情移入を果たしていた観衆は、いやがおうでも主人公が経験する残酷な世界に引き込まれていく。

でもね、救いは用意されている。それはきっと、あなたにも用意されている。すっかり涙腺の弱くなった初老の僕は涙あふれるが、それがどこから出ているのか、正確にはよくわからないまま映画館から出た。でも人には、是非経験して欲しい感動だ。だから、僕も口コミで、あなたにも是非観て欲しいと云おう。




映画『この世界の片隅に』


2016年12月13日火曜日

週刊エコノミスト連載「日本人のための第1次世界大戦史」


週刊エコノミスト連載「日本人のための第1次世界大戦史」、12月20日号は連載75回目の最終回「日本は何を学んだのか?」です。

第2次世界大戦における日本の商船の船乗り(海員)の死亡率は実に43%。主力艦隊がほぼ全滅し、生還を期さない特攻攻撃を繰り返した帝国海軍の死亡率ですら16%ですから、その常軌を逸した数値レベルはわかりやすいかと思います。

第1次世界大戦では、英国海軍によるドイツの経済封鎖が連合国勝利の重要な要因のひとつにあげられます。一方でドイツのUボートによるシーレーン攻撃は、連合国側を敗戦一歩手前まで押しやりました。シーレーンの確保という大きな教訓を得ながらも、何故日本帝国海軍は第2次世界大戦においてこれをほぼ無視したのでしょうか?

第2次世界大戦後の海軍参謀による「海軍反省会」の録音テープでは、第1次世界大戦中や直後には、シーレーンに関するレポートが良く出回っていたけれど、次第にみかけなくなってしまったという発言がありました。「事実」が少しずつ自分たちの組織に都合がよいように曲げられていったのでしょう。

輸送船よりも戦艦・空母を狙えという帝国海軍の組織としての考え方は、海軍の戦功査定基準に明確に表れています。輸送船をいくら沈めても出世はできません。防御は攻撃の裏返し、味方の民間船舶の護衛は軽視されました。それが致命傷になったという第1次世界大戦の壮大な戦史がありながらです。

1年半、3000字x75回=225,000字、今後、製本化にむけて書き直しをすすめていきたいと思います。長い間のご愛読ありがとうございました。

板谷敏彦